ピアノに関するコラム

電子ピアノとの記憶をたどる。

このページでは「電子ピアノとの記憶をたどる。」と題しまして、
当サイト管理人の友達の中で、電子ピアノを持っている・もしくは持っていた人に、
電子ピアノとの思い出をうかがってきました。


思い出一覧


2人の娘と電子ピアノ。
ピアノという素敵な楽器の想い出。
エンターテイナー。
嫌いだったエレクトーン。でも今は感謝してる。


2人の娘と電子ピアノ。


我が家には2人の娘がいます。
2人とも6歳の頃からピアノを習っています。


私が元々ピアノに興味があった影響もありますが、
お友達が習い始めたのをきっかけに近所のピアノ教室に通うことになりました。


最初は、タッチの軽い電子ピアノでした。


習い始めは祖母から買ってもらったタッチの軽い電子ピアノで練習をしていましたが、
半年経った頃からしっかりとしたピアノの購入を考え始めました。


半年間様子を見ていたのは、ピアノは毎日の練習が必要ですし、
根気が要ることから途中でやっぱりやめるということになったら、
高額なピアノを買っても、もったいないと思ったからです。


幸い2人ともピアノの練習は順調に進み毎日弱音を吐くことなく
頑張ったので思い切ってピアノを買いに行くことにしました。


ランクの高い電子ピアノ vs 中古アップライトピアノ


楽器屋さんに足を運び色々とピアノを見ていると、店員さんが声をかけてくだいました。
ランクの高い電子ピアノが良いか、それとも中古でもアップライトピアノが良いか
とても迷いましたが、最終的にはランクの高い電子ピアノにしました。


理由は、ヘッドホンを使えることで近所迷惑にならないためです。
もちろんアップライトピアノも消音できるものもあるようですが、
毎年音を調整しなければならないですし、費用もかさみます。


また、床も補強しなければならないということで電子ピアノにしました。
電子ピアノを購入して正解かどうかは分からないですが、今のところ不便は感じていません。


上の子はピアノを習い始めて早3年が経ちました。


振り返ると最初は順調だったものの、山あり谷ありでした。


バイエルに入り次第に難しくなり、音符を読むのも大変だった時期は、できなと悔し泣きをしていました。
しかし、それを乗り越えたいまでは悔し泣きをすることなく根気よく毎日頑張っています。


ピアノを習い始めて根気がついたとつくづく思います。


先月はピアノの発表会があり、娘2人は必死で練習しました。


特に上のお姉ちゃんは、ワルツエチュードという
とてもテンポの速い曲でしたが、見事に弾くことができました。


この曲を始めて聞いた時はとてもできそうな気がしなかったのですが、
毎日こつこつと練習をし、確実なタッチを心がけ少しずつ早く弾くようにしていくことで、
素晴らしい曲を奏でることができ本人の自信にもつながったと思います。


一方、下の子は自分からピアノをやるといって始めたにもかかわらず、最近では
毎日練習とまではいきませんが本人が楽しんでやっているようなので温かく見守りたいと思います。


下の子も無事に大成功のピアノ発表会ができて良かったです。




ピアノという素敵な楽器の想い出。


私の母は自宅でピアノ・エレクトーン教室を開いているので、
とても幼少のころから母のピアノの音色を聴いて育ちました。


父もクラッシック音楽が好きで、家の中では常に
ショパンやモーツァルトといった楽曲がレコードで流れていました。


私は4歳のころから母にピアノを習い始めて、バイエルからのレッスンを受けていました。
小学校一年生のころには結婚式に出るような白いドレスを着て、初めてのピアノの発表会に出ました。


その時に弾いた曲はエリーゼのためにです。


今でもそのときの記憶ははっきりと覚えています。
20人ぐらいの出場者がいる発表会の一番最後に弾きました。


私はその後も1年に1度のペースでピアノの発表会に出ました。


母がピアノの先生だったことで良かったこともたくさんありますが、
やはり身内であるので素直に聞き入れられなかったことも多く、
宿題を出されてもしなかったり、練習が億劫になっている時期がありました。


高校生になるころには、学校の授業との両立が難しくなってきました。


練習量も減るばかりでピアノを弾く時間が短くなってきました。


本当はずっとピアノを母に習い続けたかったのですが、
だんだんピアノを続けることが難しくなってしまいました。


今思い出すと、もう少し頑張って続けておけば良かったと後悔しています。


結婚をするときに、私が教えてもらっていた幼少のころの楽譜を譲り受けてきました。
そして花嫁道具として電子ピアノをプレゼントしてもらいました。


今でも時々、自宅でその電子ピアノを弾いています。


母には少し申し訳なかったという気持ちもあり、
今では母にピアノを教えてもらっていたことをとても誇りに思っています。


幼少のころから母のピアノや父が聴く音楽の影響を受けたのか、
音楽に触れることはとても好きで、ピアノ曲やオーケストラの音楽を聴くこともあります。


娘ができてからは、娘にも音楽に触れていて欲しいと思うようになり、
意識していろいろな音楽を流すようにしています。


今は私が譲り受けた楽譜を見て、一緒にピアノを勉強しています。


娘がとてもピアノに興味を抱いているので、
彼女の意欲を壊さないようにピアノに触れさせてあげたいと思っています。


ピアノは好きな気持ちがとても大切で、自分の想いや気持ちが顕著に表れる楽器だと思います。
優しい気持ちで弾けば優しい音色になるように、音色を聴けば
どんな気持ちを持って弾いているのかが聴きてに伝わると思います。


こんな素敵な楽器はほかにはないと思っています。
これからピアノに触れたいと思う人、ぜひピアノの魅力をたくさん発見してみてください。




エンターテイナー。


私が音楽を習い始めたのは、保育園の時のオルガン教室です。


本当は、ピアノを習ってみたかったのですが、母がピアノは鍵盤がとても重いから、
始めるならオルガンからのほうがいいからと言われて、習い始めました。


当時は、親戚のお姉さんが使わなくなったオルガンを、おさがりでいただいて使っていました。
小学校に入り、入学祝いをいろいろいただきましたが、なんとアップライトピアノも父が買ってくれました。


こうして、私はピアノを習い始めることになったのです。


子供の頃は、アップライトピアノがどれだけの値段がするかなんて分からなかったので、
ピアノはやっぱりグランドピアノでしょ。アップライトなんてしょぼいなと内心思っていましたが、
大人になった今では、アップライトピアノでもけっこうな値段がするし、
子供のために買い与えるにはかなりの出費だったんだと感謝しています。


毎月の月謝も6千円ほど支払っていたし、決して裕福な家庭でない我が家にとっては、本当に大変だったと思います。
子供の頃の私は、そんな親の気持ちも分からず、ただピアノって楽しいなと思い毎日弾いていました。


熱心にレッスンするほうではなかったけれど、毎日30分以上はピアノの前に座って何かを弾いていました。
そんな私の一番印象に残っているピアノの思い出は、ある年の発表会でのことです。


発表会の少し前、私はある素敵な曲に出会いました。


本屋へ立ち寄った時に流れている曲が、すごく印象的で聴いていて胸がどきどきしたのです。
それは、トランペットで演奏されている、エンターテイナーという曲でした。


あまりにも印象的だったので、どんな曲か教えてもらおうと、
ピアノ教室の先生に覚えてきた曲を口ずさんで質問すると、
こんな曲かなと先生がピアノで演奏してくれました。


それは、まさに私の胸を高鳴らせた曲で、私もその曲を演奏してみたいと思い先生に伝えました。


先生が弾いたものよりも簡単にアレンジされているものもあるからと、
先生からの提案で私のピアノ発表会での曲は、エンターテイナーに決定しました。


それから、いつもよりも真面目に発表会に向けて毎日練習をしました。
私がこの曲を聴いた時のトキメキを、一人でも多くの人に届けられたらと思って頑張りました。


そして発表会当日。


緊張のあまり、私はありえないようなミスをしてしまいました。
それは、途中で鍵盤が一個ずれてしまったことです。


焦りながらもすぐに修正してなんとか無事に演奏し終えましたが、もちろん入賞はできません。


その時はものすごく落ち込みましたが、発表会が終わったからって
もうエンターテイナーを弾けないわけじゃないし、もっと練習して
もっと上手にこの曲を弾きこなせるようになろうと決めて、それからも練習し続けました。


大人になり、結婚した今では、我が家には電子ピアノが置いてあります。


もう少し子供が大きくなったら、ピアノを習わせてあげたいなと思っていますが、
今は子供に素敵な音楽をたくさん届けるために、私がピアノを弾いて聴かせています。


今では、ミスもなく上手に弾けるようになったエンターテイナーは、子供も大好きな曲になりました。




嫌いだったエレクトーン。でも今は感謝してる。


私は4歳の頃からエレクトーンを習っていた。


エレクトーンはいろいろな音が出るから、ちいさな子どもも
楽しく弾けるだろうと、両親が習わせてくれたのだ。


グループレッスンだったのだが、私以外はみんな小学生だった。


当然レッスンについていけず、毎日泣きながらレッスンし、
自宅に帰ってからも毎日毎日、母親が付きっきりで練習した。


母親もついていかすのに必死だったのだろう。
弾けない私を叱り、時には手を出すこともあった。


そんなこともあり、私はエレクトーンが嫌いになっていった。


発表会前などはもっと厳しくて、先生も私の実力以上の曲を
練習するように指導してくるので、本当に辛かった。


幼稚園卒園までそんな日々が続き、卒園後私は引っ越した。


新しい自宅の近くで母親がエレクトーン教室を探したが、見つからなかった。
けれどピアノ教室があったので、両親はピアノを購入してくれた。


そしてそのピアノ教室に通うことになった。


私が嬉しかったのは、そこが個人レッスンだということ。
比べられることもなく、自分のペースでできることが嬉しかった。


習い始めた時は苦労した。


エレクトーンは、右手を上の鍵盤に、左手は下の鍵盤に、足はベースとして使う。


そんな弾き方をずっとしてきたせいか、右手と左手が一列に並ぶという弾き方にすごく戸惑ったのだ。
怒られながら、泣きながら練習してきたエレクトーンだが、弾き方が体に染みついていた。


先生は「楽譜も読めるのだから、大丈夫。すぐに慣れるよ。焦らないで。」
と言ってくれた。


私はすごく嬉しくて、自宅でも自分から進んで練習するようになった。


母親も個人レッスンで、ついていかせなくてはいけない
という思いから解放されたのか、何も言わなくなった。


毎日毎日練習した。


するとどんどん成果が出て、難しい曲も弾けるようになってきていた。
楽譜を見ただけで弾けるようにもなっていた。


私はピアノが楽しくて楽しくて、放課後も友達と遊ぶよりもピアノを弾きたかった。


それからずっとピアノは続けていて、社会人となった今は
レッスンには通っていないが、趣味でピアノを弾いている。


仕事で嫌なことがあっても、思いっ切りピアノを弾くだけで心が軽くなる。


もしエレクトーンを習い始めた時も、個人レッスンで自分のペースでレッスンできていたら、
私はエレクトーンが大好きになっていたかもしれない。


けれど、エレクトーンがあるのにわざわざピアノを購入してくれた両親に感謝している。


結婚しても、お婆ちゃんになってもずっとピアノを弾き続けたいと思っている。



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